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このグラフは朝日新聞のものなので、信頼性にはう~ん、といった感じですけど

思った以上の人が病んでいることはわかります。

 

知り合いが中学校不登校時代の記事を書いていたので

自分も思うところがあり、この記事を書こうかと思いました。

自分は「死」に対して酷い恐怖を持っているので「とにかく死にたくない」と思っています。

だからこそ、人一倍健康にも気を付けているわけですね。

こんな私にでさえ「死んでしまった方が楽だ」ということを考えてしまった時期があったのです。

いじめは本人の受け取り方で終わらせられる悲しさ

まず大前提として、どれだけ精神的にダメージを受けているかは

本人の受け取り方で客観的なイメージとは全く違っている場合が多いということ。

それは良くも悪くもある。

 

周りが明らかにDVだと思っていても、受けている本人がそう思わない事が多いんですよ。

「相手は悪くない。相手が手を出すのが自分が原因だ」

といった感じで、相手が「特別な対応」をしていると思っていない場合があります。

 

その逆パターンもしかり。

他人から見た以上に、本人にとっては耐えがたい苦痛。

「じゃれ合い」に見えてもやられている側は「いじめ」としか感じていない場合も。

 

私の場合は、小学校3,4年生の時に「いじめ」に遭っていると思っていました。

 

当時、S君が大好きだった私はよくS君と遊んでいましたが

ある日H君を交えて遊ぶようになってから、色々悪ふざけの遊びが導入されてしまいました。

子供の時によくあることです。ツルむ人数が増えると悪ふざけを始めてしまう感じ。

 

「ブルドック」というゲームは知っていますか?

 

1.じゃんけんをして負けると相手の方頬を掴む。

2.もう1度勝つと、もう片方の頬を掴む。

3.最後にもう1度勝つと、敗者が罰ゲームを受けることとなる。

 

(両手が塞がっているので、ブールドッパーと出す手を言葉にする)

全くもって、誰一人得をしない最悪なゲームである。

 

「たてたてよこよこまるかいてちょん」

で引っ張って終わり。

子供がやると可愛らしい感じで終わると思いきや、S君H君はそんな手加減などしない。

コレよコレ。

「たぁてぇたあてぇ…よーこーよーこぉー……まるかいてちょん!」

 

本気でやるから頬っぺたが千切れるかと思った!

他にも罰ゲーム関連で泣かされたけれども、衝撃過ぎて他のことを思い出せない。

特に頬っぺが柔らかかった自分とU君はこの「ブルドック」の生贄になったのだった。

 

他にもちょこちょこ罰ゲームやじゃれ合いで泣かせられ続けましたが

特に覚えているのはこの「ブルドック」

プロレス技を掛けられるよりも恐怖がすごいんですよ。

じゃんけんで負けるたびに絶望感漂ってきますから。何より辛かったのが毎日行われていたことです。

 

傍から見れば「いじめ」とは感じないかもしれませんが、自分にとっては非常に耐えがたい出来事。

その時本気で「学校には行きたくない」と思っていましたので。

母親に「転校したい」とまで言ったぐらいでしたから。

 

当時の母は

「いじめられている子が他所の学校に行ったところで、同じようにいじめられる」

と、まさに正論をぶつけてきました。

実際は転校よりも「自分の話を聞いてほしかった」というのが本音です。

なんというかうちの両親って「何があっても自分の味方にはならない」立ち位置にいました。

 

基本的にスパルタ教育。

うちの子がトラブルに遭うのは、うちの子が問題だからしっかり教育しなくては!という考え。

自分は長男という立場で周りに理解者がいない状態。

周りにのび太のおばあちゃん的存在がどこにもいなかったのです。

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子供にとって、話を聞いてくれる人がいない状態は八方ふさがりですよ。

おかげで私は、他人に「助けを求める」ということは一切しなくなってしまったんですけどね。

「所詮他人。家族でさえ助けてくれるとは限らないから、自分で何とかするしかない」

今でもこのスタンスです。

他人をアテにしていいことはないから、自分で何とかするしかない。

 

たったこれだけのことでも、人格の形成ってされてしまうんですよ。

 

そもそも両親は「いじめ」とは思っていなかったのだと思う。

 

「またワガママな息子が学校へ行きたくなくて駄々をこねている」

 

と思ったの節も結構あり。

確かに昔は自己中だったからなぁ。

 

ただ、ちょっと意外だったのが私の小学校時代をブルドックまみれにしたS君

実は当時、精神的不安定な状態だたということ。

 

S君は僕にブルドックを毎日やっていた傍ら

「もう俺は死んでやる~!」

と言って、本気で3階の窓から飛び降りようとしていたことがあったそうで、最近聞いてビックリしました。

当時のS君も、色々思うところがあったんだなぁ…と。

遺伝よりも子供の頃の経験が性格に出る

小学生時代の話を書いて、別に同情してくれというわけではないです。

子供の頃に下手な対応をしてしまうと、社会的に出る上で困った性格になってしまうよ、ということを伝えたいだけ。

人格を形成するうえで、子供の頃の環境は本当に大事です。

人格形成は遺伝よりも環境によるものが大きい。

 

「父親が短気だからこの子も短気」というよりは

「小さい頃に頭ごなしに怒鳴られて自分の人格否定をされてしまい、自分に自信を持てずちょっと否定をされただけでイラっとしてしまう」性格になってしまったと捉えることが最近では多いです。

後者の方が納得できると思います。

 

この環境というものも人によって感じ方が違ってしまい…

例えば「絶対音感」という特殊能力があるじゃないですか。

 

遺伝で身につくものではなくて、幼少期の訓練で身につく能力。

言葉や「ガタンゴトン」という電車の音でさえ、耳に入ってくると「ファラミラ」とか音階で聞こえてしまうアレ。

 

カラオケで1オクターブ違うだけで、全く違う曲にしか聞こえないそうです。

普通の人であれば「あれ?ちょっと低いかも」と思う程度。

 

音楽に携わった人なら「絶対に欲しい能力」と思えるものなんですけど…私は話を聞いて「やっぱいらない」と思ってしまいました。

 

実はその絶対音感の持ち主、ピアノの先生なのにすごくゆっくり喋るんですよ。

本人は意識していないみたいですけど、普通の人よりもゆっくり。

 

ピアノの先生って、プレイヤーとして活躍していた時期があるため

精神的に強くてハキハキ喋る人、結構大声や早口で喋る人が多めです。

おっとりな感じは今までに会ったことがありませんでした。

 

ピアノの先生がわからないという人は、小中学校時代の音楽の先生でも思い出してください。

ね?結構個性強くてはっきりしている人でしょ。

 

何故そんなにゆっくり喋るのか謎でしたが、絶対音感の話を聞いていて腑に落ちる部分がありました。

なんでも「早口で喋られると言葉として入ってこない」のだそうです。

ゆっくり喋ってもらえれば聞き取れるものの、早口だと「音階」として頭が理解してしまうので

何をしゃべっているのか全然聞き取れないのだとか。

 

英語授業のリスニングCDとTOEICのリスニングの違いぐらい、聞き取りやすさが違うそうです。

その結果、自分もゆっくり喋るようになってしまった可能性が高い。

私生活では、絶対音感であると疲れやすいしそんないいものじゃないらしい。

 

ちなみに私

「ありがとうございます。おかげで絶対音感への憧れが全く消えました」

と言ったところ

「正直すぎw」

と笑われましたとさ。

トラウマは見かけ以上にストッパー

ここまで書いたので、そろそろ「人格形成が環境によって決まる」という事実を

自分の実体験から書いていこうと思います。

 

現在の私は、基本的に一人でいることが多くなりがちです。

かといって、昔からそうだったわけではありません。

小学生の頃、習い事がなければいつものように誰かの家へ遊びに行っていました。

 

その頃は休みの日は友達の家に泊まったり自宅に呼んでご飯を食べたりもしましたけど

今は誰かと泊り掛けで遊びにいくとか、結構前に計画していないとまず行きません。

「今日暇?」と誘われても基本的に当日参加はしないです。

何ていうか、一人でいる方が楽だし疲れないし、一人でも寂しいとは思わない。

 

一人でいることが多いと言ってももちろん、友達に誘われれば遊びに行くし行っても楽しい。

ただ、毎日会おうとは思わないし、自分から会いたくなるようなことはありません。

 

まあこれって「付き合いが悪い」ともとれるし女性には「本当に私に興味があるの?」と言われてしまう始末。

自分のやりたいことに没頭できる以外、いいことが1つもありませんけどね。

いやいや、興味がないわけではないんですよ。

ただ、プライベートなことに自分が突っ込んでいいのか?と思ってしまったりして。

 

こんな性格に変わってしまったのも単純明快。

中学3年生の時にやらかして友達を失ってしまったからです。

 

本当にやらかした。

友達に意味不明なタイミングで手をあげてしまった。

仲がいい人全部が離れていったから、実質的に友達が0人と変わらない。

 

 

一番仲の良かった人(しかも憧れていた人)が率先してハブるよう動いていたのが1番のショックで

そのころから極度に他人との接触を避けるようになってしまいました。

 

本人にとっては「他人の気分を害すること」を極端に恐れて「距離感」をどうしても取ってしまいます。

結果、コミュニケーションが取りづらくなり余計に私生活が上手くいかなくなってしまう。

誰とも関わることなく生活するようになってしまう。

当然、自分への自身など一切ありません。

 

ええ、確かに高校性の時に「もうそんな前のこと気にする意味ないだろ」と呆れられたことがあります。

確かに客観的に見れば「過ぎたこと」

けれども、今まで積み上げたものが一瞬で台無しになるというトラウマはそう簡単に払拭できません。

 

 

食べすぎて吐いたらその食品が食べれなくなった。

食中毒にあって鶏肉が食べられなくなった。

 

 

これも他人から見れば「その時食べたものがたまたま悪かったから食べれるでしょ」と思いますけれども

そうなってしまった本人は絶対に食べようとは思いません。

その時の嫌な経験が蘇ってくるからです。

わざわざ嫌な思いをしてまで食べようとは絶対に思わない。

 

体が受け付けないんです。

凄いストレスを感じるだけだから。

 

ただ「トラウマ」に関しては早いうちに治さないと取り返しのつかないことになります。

例えば一回コミュ障に陥ったら、治すのは数年単位で考えても難しい。

大変な時期ほど理解してほしい。正気じゃないのだから

ご家族、恋人、友人、誰でもいいですけれど

その人が本当に辛い時は大目に見てあげる、何に悩んでいるか理解してあげる。

これが一番大事。

精神状態が普通ではないので、おかしくなるのは当たり前。

正常になるよう手伝ってあげないと、本当にこのままおかしくなってしまいます。

 

「この人は大丈夫だろう」と思える人ほど、あっけなく病んでしまう。

ちょっとした異変を感じれば察してあげる。

少なくとも

「急に何言ってんのこいつ?」

なんて考えてはいけない。

 

自我が強くてどんなトラブルがあっても動じない友人がいましたが

ちょっと教え子の弱音を聞きまくっていたらあっという間に病んでしまいました。

これには結構ビックリした。

 

ポジティブな人ほど病みやすいです。

 

そもそもネガティブな考え方をする人って

「なるべくショックを受けたくないから悪い方向に考える」

という自己防衛行動を最初から取っているので、そこまで落ち込んだりしないんですよ。

もうあらかじめ予想しているようなものなので。

 

ボクサーは来ると分かっているストレートでは意識を失いませんが、カウンターで食らったフックでは起き上がれません。

 

就活で「自分の長所を見つけましょう。短所のも長所と捉えられます」という言葉はもっともで

客観的に長所に見える部分も短所を隠すためにそうしている場合がある。

 

「仕事が真面目で完璧」に見える人であっても、実は「自分で仕事をコントロールできなければ気が済まない」だけであって

いざ上手くいかないと「自己否定された気になって投げ出すようになる」可能性が高かったりする。

大丈夫そうに見える人ほど本当にちょっとしたショックでやられてしまうので要注意。

 

しかし、受験のストレスってヤバいですね。

就活も同じぐらいキツイ。

なんかもう「受からなきゃ死ぬ」ぐらいの勢いで洗脳されてしまうので。

実際は全くそんなことがないのに、周りがさも当然のように言うから本当にそう思ってしまう。

 

中学の時にやらかしてしまった時も受験の後だし、大学受験の時も精神状態が酷かった。

 

高3の時はクラス替えで知っている人がほとんど同じクラスにいなくて

友達も全然できず休み時間にひたすら単語帳とにらめっこ。

これで精神的に保てる方がおかしい。

 

受験に関してうちのクラスはひどいもので、高校三年生の夏休みが終わってから受験勉強を始める人が大半(女子はどうだったかわからない)

何故か自分は塾通いで2月から受験勉強を続けている。この落差。

 

周りは遊んでいるムードだったし、当時は良い勉強法など知らず、ひたすら繰り返すのみの作業で暗記系が大の苦手だった私は全く成績が伸びない。

塾でも「お前単語ぐらい覚えろよ」と講師に馬鹿にされる具合。

 

これ、本当に何も勉強をしてきてないと思われていたみたいです。

 

何故かって?

自分以外の塾生は全員出来ていたから。

「お前、勉強している振りじゃなくてちゃんと勉強しろよ」

と、友人に注意されることも。

どう考えても机に向かっている時間は自分の方が多い。

けれども成績は伸びない。

 

今でこそ「勉強法」というものがわかってきたから「本当に意味のない勉強の仕方をしてきたなぁ」と思えるけれども

とにかく必死でやっていた当時としては、周りから馬鹿にされるし自分の能力が信用できなくなるし悲惨なものでした。

 

試験勉強、受験勉強をする人は絶対にドラゴン桜を読んでおいた方がいいです。

勉強は効率を第一に考える。

【ドラゴン桜】

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就職活動の場合はエンゼルバンクでも。

【エンゼルバンク】

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この時の精神状態は本当に酷かった。

人ってね、どれだけ死にたくなくても辛いことが続くと「あ、もういいや」って思ってしまうんですよ。

「死にたい」ではなくて「死んでもいいや」「生きる意味ないでしょ」って。

自分で苦しい思いをして自殺はしたくないので「隕石でも落ちてこないかな」と思ったり。

あの時はフラーっと道路に出ていっても怖くなかったし

あの時は「恐怖」とい感覚がマヒしていました。

 

終活を失敗して12月にインターンを切られた時もキツかった。

2週間近くずっと布団で横になっていた。

よく今生きていると思う。

 

でも、今考えると「俺、就職してないし学歴何も関係ないじゃん」てなって本当にどうでも良かったことなんですよ。

これって実際に周りも悪い。

失敗したら「本当に残念だね」という空気を出してしまうから、本人は更にへこんでしまう。

「大したことじゃない」ということを伝えてあげないと、その人の今後の人生を台無しにしてしまうかもしれないのに。

自分の場合は

 

・自営業家系で「自分で稼ぐ方法が存在する」ということを知っていたこと

・更に疑い深い性格であったため、正しい手法を探せたこと

 

が上手くマッチしたため、生活することが出来ていますが

もしうちが一般のサラリーマン家系であればニート一直線かフリーターか自殺かしてもおかしくなかったわけです。

それだけ人が弱っている時は、よく理解してあげてください。

うちの妹も中学から暴れて誰にも理解されることがなかった結果、家出をして旦那を連れて帰ってくるまで5年近く

かかりました。

多分、今の良い旦那さんに出会ってなければ現在音信不通でもおかしくないぐらいです。

 

すごい成功している人を見てみると、過去に大きな失敗をしていて克服した結果、上手くいっている人が結構います。

最初から成功した人はそうそういません。

テレビでは「トラウマで引きこもり」バージョンでしか取り上げられませんが、それだけ自分を見つめ直せる機会でもあるため

上手く方向転換できた人は、しっかりと成功者として名を上げています。

逆に、上手く対処できなかった人がテレビで「社会問題」として取り上げられているわけです。

 

受験や就職で病んでいる人は、一度自分のゴール設定を考え直すと気分が楽になるし本当に自分のするべきことが見えてくるので絶対に自分を見つめ直してください。

 

 

受験をするのは何故だ?

いいところに就職をするためなのか?

何故いい所に就職したいのか?

リッチな生活をするのには大手企業に入る必要があるのか?

本当にブランドに囲まれた生活が送りたいのか?

ブランドに囲まれるためには自分が持つ必要があるのか?

 

 

本当に自分のやりたいことがわかると、意外と今やっていることは影響力が少ないことが分かります。

別に受験をしなくてもゴールへ向かう方法はいくらでもありますよ、と。