難しいですよ。

結論。そして本心。

 

 

「虐待された老人」の話が出ると

 

 

「あら可哀相」

「親族が助けてあげなくてどうするの?」

「実の親なのに」

 

 

という様々な「哀れみの言葉」が出てきます。

その老人が、いかに家族の負担になっていようとも。

至って普通の反応だと思います。

 

 

まあこれ「所詮他人事」だから言えることなんですよねぇ。

介護がどれほど自分の人生を圧迫しているのか、当の本人でなければわかりません。

 

 

物事には「限度」というものがあります。

いつ「限度」に到達するかは人によって様々ですし、実際に経験した人にしか苦しさは理解できません。

 

この事件はご存知ではないでしょうか。

 

【京都伏見介護殺人事件】

http://yabusaka.moo.jp/fushimi.htm

【事件概要】
2006年2月1日未明、京都市伏見区の桂川の遊歩道で、区内の無職K(当時54歳)が、認知症の母親(86歳)の首を絞めて殺害、自身も死のうとしたが未遂に終わった。

ワイドショーでも取り上げられた、有名な事件です。

この事件は「可哀相な境遇」と温情判決に賛成の声がある反面

「殺人なのだから重罪であるべき。今後介護疲れの殺しが増えたらどうする」

と言った声も上がっています。

 

いやぁ…、確かに一般論ではそうですけどね。

「当人がどんな状況」かがわかっていないというか。

思考がズレズレというか。

 

介護疲れしている人が「温情判決で罪が軽くなるから、親を殺してしまおう」という思考になると思いますか?

どうしようもなく、自分が解放される最後の手段として取ってしまうのであって

「罪が軽くなるから殺人をする」わけではありません。

 

そして

「あなたが同じ境遇になったら耐えられますか?」と私は問いかけたい。

生活するお金がなく、仕事以外の時間は介護以外何もできない。

それどころか、介護の時間を確保するために仕事の時間を減らす必要さえ生まれてしまう。

 

判決の結果を見ただけで荒々しく自分の主張を語ってしまう人に

このいつ終わるかわからない境遇に耐えられるワケがない。

 

民法の規定で、子が親の面倒を見なければならないから皆さんは介護していますが

誰に責任があるかというと「老後の自分を保護する財産」を確保できなかった、親に責任があると思います。

 

このKさんがその後どうなったかと言えば…悲しい結末が待っていました。

 

【認知症の母殺害、再起誓ったが 8年の孤独、抱え自殺】

http://mainichi.jp/articles/20160105/ddn/041/040/006000c

 

残念ながら、自分の人生の幕まで閉じてしまっています。

認知症の祖母を抱えた母にとって

実家には認知症の祖父が一緒に住んでいます。

ここ1年で、急激に進行してしまいました。

 

母は介護が2度目なので、手慣れたものですが

私はというと、言葉は通じないし時間は取られるしとても対応しきれません。

というか、仕事になりません。

 

祖父は、若いころになかなかの資産を持っていたわけですが

旅行好き、骨董品好きで金遣いも荒かったため、今は年金以外の現金を持ち合わせていませんでした。

老人ホームへ入れるお金もなく、両親が泣く泣く介護しているといった状態です。

そればかりではなく、いざ家を相続するとなると様々な問題が生じています。

images

その点、うち両親に関しては「老後の貯蓄」というものを若い頃から貯めており

自分たちの介護をしなくていいよう手を回してくれているので、私は非常に助かる立場にあります。

 

介護が大変なの「1日中拘束」されてしまうので、何もできないことです。

いつ外に出て行ってしまうかわからないし、家の中を歩くにしても転んで怪我をしてしまうことさえあるからです。

「大げさ」と思うかもしれませんが、実際に風呂場で転んで顔面血だらけになったことがありました。

こうなると「誰か一人」監視する必要があり「ちょっとした買い物」すら行けなくなってしまいます。

 

15年前の祖母の介護は、精神的にもキツかったです。

 

学校から帰ると早々、オムツを下した祖母が机に捉まっているのを目にし

「オムツを替えるからお尻を拭いて」

と言われてしまっては、その後全てのやる気を削がれてしまいます。

 

しかも、祖母は1日中「もう私死んでしまいたいよ」と呟いていたので

一緒にいる人のストレスが半端ありません。

 

 

そんな祖母を献身的に世話していたのが、母親でした。

うちの母親はとにかく周りを気にするタイプであり、更に祖父の家に住んでいるという身のため

日々のストレスは尋常ではなかったと思います。

 

現在、祖父の介護は父親も協力していますけれども

当時は本当に母一人で行っており、大変どころな話ではありません。

(3人兄弟8人家族のため、食事や洗濯もかなり時間を要する)

 

「介護のための監視」は、母の場合掃除や洗濯、食事の支度をしながらは同時にできましたが

もし、自分が同じ立場だった場合何もできなくなってしまいます。

自分の生活基盤を確保できません。

 

恐らくこの大変さは、同じように介護した人でないと伝わらないと思います。

時間ばかり取られ、何1ついいことがありません。

包み隠さず言えば「早く死んでしまえばいいのに」と思ったことがあるくらいです。

 

そんな祖母も、ある時から介護すらままならなくなり

病院へ入院してから、しばらくして亡くなってしまったのです。

 

悲しいムードで親戚が泣いている中、祖母の葬式の時に一度も泣かなかったのは

 

私、弟、妹、父、母、祖父

の5人だけでした。

 

泣いていたのは親族ばかり。

泣いていたのは全員「祖母の介護をしたことがない」人達です。

 

こればかりは「母も人間なんだなぁ」と思いました。

母はこの境遇でも絶対に泣くと思っていたんですよ。

どんなに介護が大変だったとしても。

過去にこんな出来事がありました

私は昔、インコを飼っていました。

小学校2年生の時です。

幼稚園から可愛がっていたインコでしたが、日に日に弱っていって

病院へ持っていくのも体力を使うからと、家で大人しくさせていました。

 

そんなある日

 

「バタバタバタ!!」

っと、弱っていたインコがカゴの中で暴れ出したではありませんか!

 

私は何事だ!?

っと母を連れて状況を説明したら、急に母が泣き出してしまいます。

 

「もうだめなのよ…。鳥は死ぬ前に最後飛ぼうするの…」

 

私は「え?こんなに暴れまわっているよ。元気になったんじゃないの??」

言っている意味が理解できないまま、暴れるインコをカゴから出しました。

この時は頭がフワフワして、何を考えていたか覚えていません。

 

暴れるインコを手で押さえつけて、ワンワン泣いていたら

しばらくして急に力が弱くなり、消えそうな鳴き声と共に「クタァ…」っと横たわってしまったのです。

まさに「目の輝きが失われる」といった感じです。

今まで生きていたのに、急に「モノ」のような目の光になってしまったのです。

この後に土へ埋めてからも、「ヒックヒック」泣いていました。

 

泣きつかれておなかが減ったので

3時のおやつを食べていたら、母は豹変してしまいます。

 

母親は私を憎むような眼で睨んで

「あなた、よくもこんな時にお菓子なんか食べていられるわね!」

と大声で怒鳴っていきました。

 

 

子供のペットが死んでしまった時も、全力で泣いてくれた母。

この出来事から、母は祖母が亡くなっても絶対に泣くものだと思っていたのです。

まさか、祖母の葬儀で1度さえ泣く機会がないとは思いませんでした。

 

悲しいよりも「やっと解放される」という気持ちの方が大きかったのでしょうね。

祖母の介護に関わった人は、きっと全員同じ気持ちなのでしょう。

 

特に、亡くなった祖母は「父方」の祖母でしたから。

言ってしまえば母とは血の繋がっていない、結婚していなければ赤の他人です。

ある意味、当然の反応なのかもしれません。

この時の葬儀と言えば

急に準備をしなくてはならなくなった祖母の葬儀。

私にはほとんど記憶が残っていません。

当時はどんな感じであったのか両親に聞いてみることにしました。

 

祖母の葬儀をどこの葬儀社に頼んだかといえば、父親はなんと「覚えていない」のだそうです。

 

もう15年も前の話だからかと思いましたが、本当に「葬儀社を把握していない」ということらしいのです。

 

葬儀の喪主は祖父なので父は直接的に関わりがないものの

選んだ葬儀社は特殊でありました。

 

当時祖母が亡くなったのは突然でしたが、身動きもできずに病院で寝たきりで「そろそろかな…」という状態。

ただ、いつ亡くなってしまうか「出産日」のように正確にわかるものではないので

葬儀関係の準備は全くしていません。

 

いざ祖母が「亡くなってしまった」となると「さあ葬儀の準備は何をすればいいのだ??」状態になってしまいます。

その状況でお願いしたのが「病院をウロウロしていた葬儀社の人」

そうです、葬儀社を選んだ理由は近くにいたからお願いしただけなのです。

 

 

これは大きな過ちです。

祖父は顔が広いので、多くの人が祖母の葬儀に参列してくれたですが

祖父は請求書を見てこう呟いたのだそうです。

 

 

「やられたな…」

 

 

費用がべらぼうに高い。

何故高くついたのか原因がありすぎてわかりません。

プランが相場以上の物だったのか、参列者が多すぎたのか、場所が悪かったのか、見積もりがザルだったのか…。

 

祖父はかなりケチって葬儀をやったらしいのですが

それでも想像を遥かに上回る葬儀費用だったらしいです。

 

この状況は「昔だから」あった可能性もありますが、最近の漫画で

2008年に発売された「ミナミの帝王94巻」に、私の祖父が経験したことに近い内容が書いてあります。

実際に両親に祖母の葬儀の話を聞く前にこの漫画を読んでいたので

話を聞いていくうちに「引っかかったのかぁ…」と頭を抱えてしまいましたよ。

ミナミの帝王 (94)

ISBN978-4-537-10858-3

http://www.nihonbungeisha.co.jp/books/pages/ISBN978-4-537-10858-3.html

[ミニ書評]

ファン待望の「ミナミの帝王」94巻が発売となる。収録されているのは葬儀ビジネス編「黒の葬送曲」と「幻想新聞」である。
「黒の葬送曲」のあらすじは、以下の通り。葬儀業者「あんらく堂」に父の葬儀を依頼した村上浩一。深い悲しみの中葬儀を無事終えると「あんらく堂」から暴利の請求をされる。村上は非道なる悪徳葬儀業者に騙されたのだ。何とか葬儀費用を払うため、銀次郎に借金する。そして銀次郎から、悪徳葬儀業者の手口の全貌を聞く。誰もが避けられない「葬儀」に潜む罠の数々。抑えきれない怒り。「半額は取り戻せる」と銀次郎から提案されるが、村上は「亡き父をそっとしておいてあげたい」とその提案を断る。葬儀とは一体何のためにあるのか。村上は悩むが、考える暇は無い。銀次郎にトイチの借金を返済しなくてはならないのだ。その時、村上は返済方法を思いつく。そして「会社を辞める」と言い切る。一体何を思いついたのか。「父が教えてくれた」と言う村上の真意は?ぜひとも、村上の決断の行く先を見届けて欲しい。感涙、必至である。「幻想新聞」もまた、必読の章である。日常の裏側を、ぜひ覗いて頂きたい。

(ボスラテ)

 

 

亡くなりかけの人がいると、葬儀社へ即座に連絡が行くばかりか

病院とグルになって1ベット○○円で取引されるといった事さえ書いてありました。

 

あくまで漫画の話ですが、実体験とこれだけ似たことが書かれているうえに

「遺族を言葉巧みに騙して暴利を貪る業者」の実態を語られてしまうと

「葬儀社ってロクなものじゃないなぁ」と思ってしまいます。

 

最終的にこの話は、葬儀社に搾り取られた人が自分で葬儀社を開くことにして

「安く」「自分の経験から親族への暖かな対応」をすることでめでたしめでたしとなっていました。

 

漫画だけの話だと思っていたのに、いざ家族に聞いたら自分の家も同じ体験をしたなんて

笑い話にもなりませんよねぇ。

 

うちの祖父の葬儀に対して、父はどうするのだろうか。

 

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