認知症になってしまうと、どれだけ性格が変わってしまうのか。

 

「急に怒り出して周りに当たり散らす」

人が多いと言われておりますが、うちの祖父も全く同じ。

 

けれども、最初から周りに当たり散らしていたわけではありません。

うちの祖父自体かなり短気でしたが、年齢を重ねるにつれてそれなりに穏やかになっていき

昔話は長く何度も同じ話をしてきますけれども「いいおじいちゃん」ではありました。

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昔は自分より立場が低い人に対しては、常に怒鳴っていましたし

認知症で介護が必要になった祖母に対しても、言うことを聞かないと手を出していました。

今考えてみると…結構なDVだったのでは?と思ってしまいます。

年を取って落ち着いた、といった感じです。

 

 

残念ながら、その落ち着いた期間は思ったよりも長続きしません。

明らかに「認知症」とわかる症状が出てきてしまったからです。

 

最初は些細な事。

祖父は「なっちゃん」のオレンジが好きで、毎日飲んでいました。

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毎日飲んでいましたが、1日1本買う…というよりはいくつかまとめて買っていたんですよね。

そうすると、もし買ったことを忘れてしまった場合は…徐々に溜まっていきます。

まあ、もう年だし買ったか忘れるぐらいは仕方がないと思えるのですけれども

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それが「忘れていた」では済まされないぐらいの量になってしまうと話は別。

2ケースぐらい作れてしまうのでは?と思ってしまうくらいの物量。

 

祖父本人は

 

「はて、俺はこんなに買ったかな?」

 

と、不思議がっているだけでしたが、家族のみんなは

 

「いよいよか…」

 

という心持ちです。

我々は過去に、認知症の祖母の介護をしていたわけですからね。

結果は火を見るよりも明らかです。

生まれて初めて、家族会議というものをやりました。

 

 

「これからおじいちゃんも、戸惑うことが多くなると思うから助けてあげてね」

 

流石の祖父も、床一面に敷き詰められた「なっちゃん」を目にしてしまうと

自分が「ボケてきた」という事に気づいたみたいです。

 

本人は本当にショックを受けていましたよ。

自分は絶対にボケないと思っていたからっです。

 

80歳を過ぎても部屋で毎日体操をしていて、毎日外を出歩いていましたから。

趣味なのか、毎日上野~御徒町を行き来していましたもの。

 

実はこの「なっちゃん事件」より前から「ちょっともう一人では危ないのでは?」と思えることが頻発していました。

 

階段で転んで流血をしてしまったり、街中で自転車にぶつかったりと

危なっかしいことばかり。

階段で転んだ時は、顔面流血してしまって針で縫うぐらいの傷を負ってしまったのです。

 

実際に階段を滑り落ちることはありそうですが、うちの階段は手すり付き。

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ここまでいってしまうと、もう一人で出歩くのは危なっかしくて仕方がありません。

 

最初は「付き人」を嫌がりましたが、何度か怪我をして察したのか

私の両親と一緒の時に、外出するようになったのです。

 

私たちのアドバイスもしっかり聞いていたし「~だからやめましょう」と言っても聞き入れてくれました。

「迷惑をかけてしまってすまんねぇ」という言葉を、母親にかけていたぐらいです。

 

が…、時間が経つにつれて性格が変わって(戻って)しまいます。

 

昔のように「自分は何でもできる」頑固な性格になってしまったのです。

自分はこうしたい、~へ行きたい、~と思うからそれは正しい。

…どうしようもないですね。

 

何度も石川に一人で行こうとして、両親が止めると。

なんとか説得して、父親が休みに送り迎えをすることになります。

僕はこの頃でも、まだ「話が通じる」と思っていました。

実家の窓ガラスを全部割って警察沙汰になるまでは。

認知症の介護は人によって対処法が全然違う

前の記事でも書きましたが「自分の知っている祖父ではない」ことを察するキッカケとなります。

あとはもう、今まで書いたとおりの症状ですよ。

もう私から話しかけたところで「理解」できません。

 

思考回路が自分の中で完結してしまっているんですよね。

何を言っても「~と思うから間違いない。」と言った感じ。

 

例えば、昔は新聞を自分の部屋に持って帰って読んでいました。

「新聞」というものを、理解できていたのです。

 

けれども今は

フラッとリビングに入ってきては、部屋の中をフラフラ…。

新聞を見つけては「覗き込んで」終了なのです。

昔はあれだけずっと読んでいた新聞。

今は「新聞を読む」ということさえ思いつきません。

 

そして仕舞には

「安倍晋三がテレビに出ていて、~という言葉が出てきて俺は心配で仕方がない」

という、意味不明なことを言ってしまいます。

 

 

最近は本当にこちらの話を聞かなくなってきて、いつ暴れ出すのかと心配でなりません。

 

先日はこんなことがありました。

 

夜中の2時にドタドタ歩き回っては(杖をついてなので、かなり大きな音がする)

冷蔵庫の中をしばらく覗き、またドタドタ歩きだします。

 

私は風呂を出て寝る直前でしたが、いつもの風景なのでスルーしていました。

しかし、あまりに歩き回ったので熟睡していた叔母が起きてきてしまいます。

既に熟睡していた叔母はたまったものではありません。

 

「おじいちゃん、何しているの?」

 

「俺は飯を食ったかな?腹が減って仕方がないんだ…。」

 

「おじいちゃん、もう2時ですよ。夕飯はMさんが用意してくれたじゃない。私がお皿洗いましたよ」

 

「でも…腹が空いて仕方がないんだ」

 

「おじいちゃん、もう2時だから寝よう」

 

「本当に俺は食ったのか?」

 

この間、私は完全にスルー。

スルーというか、1時間に1回は麦茶を飲みに来るので、それだと思い関わりませんでした。

けれども今回の場合は、祖父が「意地」になっているようです。

 

「おじいちゃん、そこに洗ったお皿があるでしょう」

 

「でも俺は覚えておらん」

 

最終的には、祖父は険しい顔をして怒鳴り散らします。

 

「お前に言ってもなんにもならん!」

 

「それなら私は知らないよ。寝るからね」

 

と下がっていく叔母。

 

本当だったら糖尿病の関係上、食べさせてはならないのですが

この「怒り」状態になってしまうとこちらの話を一切聞かなくなってしまうので

何もなかったようにやり過ごすしかありません。

 

今回に限り、何も食べずに部屋へ戻っていってしまったのですが。

 

母だけが祖父を「怒り」状態にいかないようにするのが上手です。

私、父、叔母では無理な芸当。

 

まだ孫である私の話は聞く方ですけど、叔母の話は基本的に聞きません。

本当に親って、子供のアドバイスを意地でも聞きませんよね(;^ω^)

 

祖母の介護は「オムツを変えたりお風呂に入れる」ぐらいまでのことをしていたので

今の状態が「介護」していると言えるのか微妙な状態です。

 

今できることは、ただただ「耐える」のみ。

 

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